平将門の首塚に行ってみた

2019年11月20日

こないだ平将門の首塚にいってきたんですよ。

名前は前から知っていたのだけど、そういえばどこにあるんだろう?と思って場所を調べたら意外と近くだったので、豊川稲荷東京別院の帰りによってみたんです。

豊川稲荷東京別院にいったときのことはこちら。

 

ところで、平将門の首塚って何?ってことなのですが、

日本最恐の心霊スポットの一つ、とか東京を守ってくれているとか、いろんな話がある。

平将門の乱をお越し、新皇を名乗った平将門だが新皇となった2ヶ月後に討ち死に。その首は何ヶ月立っても腐らずに夜になると叫び続けたそうですよ。

さらに平安京に運ばれてさらし首にされたのですが、なんと3日後に関東に向けて首が飛んでいった。んで、落ちたところが首塚のあるところ。

ちなみに、日本三大怨霊の一つとして知られているのだけど、他の2つは菅原道真公と崇徳天皇。昔は怨霊を鎮めるために祀ることがよくあったんですよね。

私が住んでいるとこの近くには、湯島天神と神田明神があるのだけど、日本三大怨霊のうちの2つに囲まれてるって考えもできるのか、なんてふと思う。

話を戻すと、

関東大震災で首塚も崩れたのだけど、土地を整理してその上に大蔵省の建物を立てたら、なんとわずか2年で14人も亡くなった。

これは祟りではないかってことで、首塚を再建。

昭和15年には雷が落ちて大蔵省の庁舎が全焼。このときも首塚を粗末にしているからという声が上がり、鎮魂祭を行って「故蹟保存碑」を建立。

昔の新聞も展示してありました。

昭和20年。GHQが首塚を鳴らして駐車場を作ろうとしたらブルドーザーが横転して死亡事故が起こる。関係者が説得をして工事を中止。

大蔵省が移り、跡地に日本長期信用銀行ができるも、首塚に面した部屋の行員が次々と病気に。

これはよもやま話かもしれませんが、爆笑問題の太田光が首塚にドロップキックをしたらしばらく仕事がなくなったなんて話も。

という具合に、粗末にすると祟りがあるような話があるんですよ。

なんですが、徳川家康公は江戸幕府を作る際に首塚に参拝して、そのおかげで江戸幕府があんなにも長く続いたのではないか、という話もあるのです。

粗末にすると怖いけど、礼を尽くすとご利益がある、みたいなことなのかも。

場所は皇居のほど近く。オフィス街のただなかに突然現れます。

正面にあるのは将門塚板石塔婆。

後ろに首塚があります。

周りが工事中のため、保護しているようです。

粗末に扱わないようにしているんですね。

 

実際にいってみて感じたことは、怖いところではないってこと。

神社やパワースポットに足繁くいくようになってから、何かきもちいとか苦しいとかなんとなく感じることが合ったりするのですが、平将門の首塚でおかしな感じはしませんでした。

パワースポットというかご利益としては、勝負運が向上する。勇気と決断力がみにつく。首塚に水を注ぐと自分自身を清めることになるそうなのですが、工事中で周りをかこまれていてできなかったのはちと残念。

そうそう、首塚に参拝した日は皇居へはいかないほうが良いそうですよ。すぐ近くにあるから、ついでにって感じになりそうなのですが、

やっぱり、「天皇へ反乱をした」ということで、両方に同じ日にいくのは避けたほうが良いみたいです。